
【Event Report】市場では競争を、地域では協働を TECH BEAT Shizuoka 2026 登壇レポート(後編)
イタリア自動車産業に学ぶ、製造業の新規事業の起こし方
▶前編:【Event Report】技術はすでに手の中にある。 TECH BEAT Shizuoka 2026 登壇レポート(前編)
静岡市で開催されたスタートアップイベント「TECH BEAT Shizuoka 2026」内のサイドイベントセッションで、冨田に続いてマイクを握ったのは、Pietro Lenzerini(ピエトロ・レンゼリーニ)氏。ミラノ工科大学のデザインスクール・POLI.designで事業責任者(Head of Business)を務め、中国、日本、イタリア、英国を横断して企業・大学・機関の戦略的パートナーシップを築いてきた人物です。講演タイトルは「Beyond the Machine (How Industrial Ecosystems Transform Technology into Meaning, Experience and New Business)」。産業のエコシステムは、技術をどのように「意味(meaning)」と体験、そして新しい事業へと変換するのか。英語で行われた講演を、翻訳のうえ講義録として再構成しました。

当日の投影スライドより
次の革命は「技術が何を意味するか」で決まる
皆さん、こんにちは。この場に参加できることをうれしく思います。私はミラノ工科大学、POLI.designから来ました。私たちはイノベーションとビジネスの領域で多くの仕事をしており、自動車分野もとりわけ力を入れている領域の一つです。今日ここにいる理由も、そこにあります。
今日の講演のタイトルは「Beyond the Machine」。産業のエコシステムが、どのように技術を「意味」へと変換するのかを、皆さんと一緒に考えたいと思います。この講演で私が何度も口にする言葉は「意味(meaning)」です。私たちは、自動車産業が、そして静岡の自動車産業がどう受け止められるかを、本気で変えたいと思っているからです。
まず、この一文から始めさせてください。「次の自動車革命は、技術に何ができるかだけでは定義されない。技術が何を意味しうるかによって定義される」。イノベーションを起こすには、まず私たちのマインドセットを切り替える必要があります。

カルチャーの変化から話を始めます。私たちはknots associatesやカーバイドベンチャーズとともに、次の自動車産業の革命はどのようなものになるかを考えてきました。それは、技術の革命である前に、別の視点の革命かもしれません。人が変わりつつあるからです。Z世代という新しい世代が育ち、新しい習慣が生まれ、モビリティは彼らとともに変わっていきます。
クルマは「道具」から「居場所」になる
第一に、クルマは「場所(place)」になりつつあります。クルマはもはや、技術と性能だけで語られる道具ではありません。そこに「いる」ための場所になろうとしています。マシン(machine)からインターフェース(interface)へ、インターフェースから生活環境(living environment)へ。車両はもはや、空間の中で身体を移動させるだけのものではなく、その中で過ごす時間の質を形づくる「居場所」になっている。この転換を理解することが重要です。

当日の投影スライドより
第二に、性能を語る言葉は変化しつつあります。今日、性能は静けさで、快適さで、光で、素材で、温度で、そしてウェルビーイングで表現されるようになっています。最高の技術とは、人がもはや意識する必要のない技術なのかもしれません。技術だけがドライバー(駆動力)だった時代から、人もまたドライバーである時代へ。この変化に気づけば、これまでとは違う種類のイノベーションを起こせます。
そして第三に、インテリアがプロダクトそのものになりつつあります。クルマの最も重要な部分は、外形でも性能でもなく、内側、つまり人がいる空間かもしれない。シート、表面、音、光、温度、インタラクションは、もはやディテールではありません。インテリアの未来は、機能を足すことではなく、多くの技術に一つの共有された意味を与えることで作られます。キーポイントをひとつ挙げましょう。「未来の自動車の勝負は、人のからだと車両のあいだの数センチメートル(の空間のあり方)で決まっていく」。プレミアムの基準は、プロダクトが何を見せるかから、人が何を感じるかへと移りつつあるのです。
振動制御の意味を替えれば、「睡眠」を提供する技術になる
今日お集まりの多くは、サプライヤーとして部品(コンポーネント)を作っておられる方々だと思います。私が提案したいのは、コンポーネントから「新しい意味(new meaning)」への転換です。
どうすればいいでしょう? 問いを変えるのです。「私たちはどんな部品を作っているのか」ではなく「私たちの能力(capability)は、どんな人間の経験(human experience)を可能にするのか?」。この問いに切り替えることで、部品を作りながら、市場のニーズを先取りできるようになります。
技術は、意味を獲得したときにビジネスになります。技術は、何が可能かを教えてくれます。意味は、その可能性がなぜ大事なのかを教えてくれます。技術から出発し、人にとっての便益を見いだし、意味に到達する。意味は経験になり、経験が新しい市場を開く。この順番です。

当日の投影スライドより
リフレーミング(reframing)の例をいくつか挙げます。リフレーミングとは「意味の掛け替え」、つまり皆さんのようなサプライヤーが、技術を変えずにビジネスを変える能力のことです。振動制御は、同じ技術のまま、穏やかさ、眠り、ウェルビーイングの提供になりえます。熱マネジメントは、車内の適応型マイクロクライメート(局所的な気候)づくりへ。照明は、単にライトを作るのではなく、光をオーケストレーションして、振る舞いと雰囲気を生み出す方向へ。精密機械は、ヒューマンロボティクスや生活支援(accosted living)へ。同じ能力が、まったく別の意味を持ち、まったく新しい市場を開くのです。

当日の投影スライドより
コンポーネントは、皆さんが今日売っているもの。ケイパビリティは、皆さんの次の5年、10年を作りうるもの。これがキーポイントです。このマインドセットで自社のコンポーネントを見直せば、次に行くべき市場を5年、10年先取りできるのです。
モーターバレーはなぜ競合同士でつながるのか
続いて、イタリアに目を向けてみましょう。なぜイタリアなのか? 自動車の世界で、イタリアは卓越性(excellence)の代名詞だからです。ブレンボ、ランボルギーニ、パガーニ、フェラーリ。私たちPOLI.designとミラノ工科大学は、こうしたブランドとともにイノベーションに取り組んできました。その中で見えてきたことがあります。
重要なのは、こうしたブランドは「見える部分」にすぎない、ということです。本当のイノベーションはその背後にあります。サプライヤー、大学、デザイナー、エンジニア、そしてとりわけ、職人と「テリトーリオ(土地)」。プロダクトは見えるものです。それを可能にしている関係性こそが、イノベーションの真のインフラなのです。イタリア人である私が静岡の皆さんにお伝えできることがあるとすれば、それは、異なるセクター同士でも点と点をつなぐ力です。
これらのブランドは互いに競合です。フェラーリは、ランボルギーニやパガーニと同じ市場で戦っています。しかしその背後では、大学とともに、単一のシステム、エコシステムとして協働している。だからこそ、ともにイノベーションを起こせるのです。
モーターバレーと呼ばれる地域があります。ドゥカティ、ランボルギーニ、ダラーラ、フェラーリ、マセラティ、パガーニ。こうしたブランドはすべて、エミリア・ロマーニャという特定の土地で生まれました。二輪から四輪まで、あらゆるものがこの土地で生まれ、日々イノベーションを続けている。それを可能にしているのが、サプライヤーのシステムです。彼らはサプライヤーと、意味と、意志とをつなぎ、束ねることで、卓越性を作り上げました。市場では競争し、テリトーリオでは協働する。異なるセクターのあいだに、相乗効果を生む。これがモーターバレーの原則であり、「意味」の隣に置くべき本当の言葉は、エコシステムなのです。

当日の投影スライドより
孤立ではなく、エコシステム
日本の市場と企業は、長年にわたって垂直のイノベーションを続けてきました。技術を作ることにかけて、深く掘り下げ、一歩一歩改善を積み重ねることにかけて、日本の皆さんは世界最高です。私たちが提案したいのは、「視座の転換」です。さらに深く掘るのではなく、自分の「隣」を見る。競合が隣にいて、そこにイノベーションの種があるなら、協力してみる。
もうひとつ。ファッション、デザイン、エンジニアリング、自動車。皆さんには4つの、別々のセクターに見えるかもしれませんが、私たちにとって、イノベーションを起こすうえでこれらは同じものです。例えばファッションを手本に、自動車のイノベーションを起こすことができる。デザインの領域から、自動車のイノベーションを起こすこともできる。より広い視野を持ち、異なるセクターから、エコシステムから、利点を取り込むこと。それが私たちの能力であり、皆さんと一緒にやりたいことなのです。
静岡の機会の話に移りましょう。なぜ私たちが今日ここにいるのか? 新しい物語や新しい考え方をお話しするためだけではありません。静岡のサプライヤー、メーカー、大手ブランドの皆さんと、一緒にイノベーションを起こすためです。
日本自動車工業会(JAMA)会長でトヨタ自動車副会長の佐藤 恒治氏の言葉を借ります。「変わらなければ、日本の自動車産業は生き残れない」。日本のメーカー間の、より深い協力を呼びかけた言葉です。中国のBYDをはじめとする競合を念頭に置きながら、企業として、イノベーションの起こし方そのものを一緒に変える必要があります。
静岡がイタリアになるべきだ、という話ではありません。静岡はすでに、精密さ、品質、エンジニアリングの深さ、そしてサプライヤーの卓越性を持っています。機会は、いま孤立した状態で開発されているものを再解釈し、つなぎ直すことにあります。「孤立(isolation)」ではなく「エコシステム(ecosystem)」。それが合言葉であるべきです。
同じ技術のまま、自動車産業はさまざまな方向へ進むことができます。モビリティ、ヘルスケア、ウェルビーイング、ロボティクス、スマート環境、循環型サービス。自動車の能力は、これらの新しい市場を開くことができる。ここでもまた、鍵になる言葉は「意味」です。

当日の投影スライドより
未来は3年先までしか見えない
では、具体的にどうやるのか。私たちはカーバイドベンチャーズ、knots associatesとともに、共同の枠組みを作ろうとしています。
まず、つながる。イタリアに来て、企業同士がどう協働しているのか、私たちがどう点をつないでいるのかを理解する。次に、次世代を、マネージャーを、第一線の人材を訓練する。そのうえで、新しいビジネスを作る。文化の連鎖と産業の能力をつなぎ、そこに大学、デザイナー、戦略パートナーを重ねて、ビジネスのイノベーションを起こす。これらをつないだときに初めて、未来を理解し、先取りできます。
コロナ禍のあと、私たちは5年より先の未来を見通せなくなりました。日本の皆さんは時に10年、20年で考えますが、正直なところ、いまは5年でも長すぎることがあります。私たちのプロジェクトは3年が期限です。それ以上はありません。だからこそ、未来が私たちにとって何を意味するのかを、よりよく理解する必要があります。

私たちの信条はこうです。イノベーションは、優れた技術が出会うだけでは起こらない。優れた能力たちが、ともに考えることを学んだときに起こる。個の力ではなく、エコシステムとして。
インスピレーションからトランスフォーメーションへ。私たちは、探索(デザインジャーニー)から始まり、エグゼクティブ研修(アカデミー)を経て、協働実験(デザインラボ)に至るプログラムを検討しています。デザインジャーニーでエコシステムを読み解き、エグゼクティブアカデミーで変化を解釈し、デザインラボで新しい事業の方向を試作する。この3段階が、静岡が再び輝くための道になりうると考えています。
実例を挙げましょう。スポーツ産業の日本企業、ユーフォリアと私たちは、日本の経営層のためのデザインジャーニーを行いました。ユーフォリアが募ったメンバーがイタリアに来て、講義やサッカークラブ訪問を重ね、テクノジムをはじめ領域の異なる企業を巡りました。これらの企業はすべて、互いに協働しています。スポーツから自動車、スポーツマネジメントからフットボールまで、イノベーションをつなぐ接点は無数にあるからです。
次は研修の例です。モンクレールと実施しているエグゼクティブアカデミーでは、世界6,000人の社員から選抜された25人の次世代マネージャー・ディレクターと、2年間のコーポレートアカデミーに取り組んでいます。ファッション産業ですが、それが重要なのです。プログラムはファッションでも自動車でも同じで、大切なのはイノベーションを起こす方法論です。このように、私たちは世界中の主要なマネージャーたちを訓練してきました。
そして実際のプロジェクト。ブレンボとは、未来のブレーキとは何かを一緒に考え、新しいプロジェクトをいくつも動かしました。その一部は、いま実際に生産されています。体験し、訓練し、そしてビジネスを作る。この順番です。

当日の投影スライドより
私たちが仕事をしてきた企業には、日本の企業もあります。パナソニック、富士通、ソニー、三菱電機の皆さん。イタリアと日本の両方で、新しいビジネスを生むために働いています。
部品から環境へ、性能から生活の質へ
イタリアは、企業や場所、講義や体験を提供できます。ただ、本当の主語は、「静岡の未来」です。
最後の一文は、今日、皆さんのために用意しました。静岡のものづくりの未来は何か。私たちの視点では、こうです。「部品(components)から、環境(environment)へ。性能(performance)から、生活の質(quality of life)へ」。自動車サプライヤーの皆さんに、「ヒューマン・テック・エクスペリエンス(human-tech experience)」の作り手になってほしいのです。テック・エクスペリエンスではなく、ヒューマン・テックでもなく、ヒューマン・テック・エクスペリエンス。人間性と技術は、同じ高さに置かれるべきなのです。

当日の投影スライドより




