イノベーション創出政策は、地政学そのものだ -イノベーション創出政策は、地政学そのものだ

2026/10/05

2026/10/05

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地政学を学ぶというと、国際情勢を読み解くための知識を増やすことだと思われるかもしれない。カリフォルニア州立大学サンディエゴ校(UCSD)のGIA Japan Programを通じて、私が持ち帰ったのは、それ以上に切実な問いだった。自社の技術、人材、資金、顧客は、どの国の政策や、誰との関係によって価値を生むのか。その条件が変わったとき、経営者は何を守り、何を変えるのか。

私は普段、東証プライム市場上場企業をはじめとする企業の経営者・経営幹部の育成や、新規事業の創出を支援している。この立場から今回の経験を振り返ると、地政学は経営の外側にある「リスク情報」ではない。事業を成立させる条件そのものであり、経営者育成の中心に置くべき視点だと感じている。

イノベーションは、研究室だけでも企業だけでも生まれない

UCSDの教授陣との対話の中で、繰り返し考えさせられたのは、科学的な発見が製品やサービスになるまでの長い道のりだ。大学の研究、博士人材、企業の開発、投資家、顧客がつながらなければ、有望な技術も使われない。研究者が技術の使われ方を気にかけているのに、事業化を急ぐ側が収益の話だけをすれば、協力そのものが止まることもある。いわゆる「死の谷」は、資金だけでなく、人と人の間にも存在する。

その道のりを左右するのが、研究資金、人材の移動、知的財産の扱い、輸出管理、共同研究の条件、市場へのアクセスといった政策である。例えば輸出規制は、安全保障上の目的を持つ一方で、企業が研究開発費を回収できる市場を変え、相手国の代替技術の開発を促すこともある。規制の内容だけでなく、いつ判断されるか分からない状態そのものが長期投資を遅らせる。

イノベーション創出政策は、まさに地政学だ。 どこで知が生まれ、誰がそれを使え、どの市場で事業にできるかを形づくるからである。安全保障か経済成長かという二者択一で片づけず、守るべき技術や用途を見定め、研究・産業の活力に及ぶ影響まで考える必要がある。

経営者育成で問いたいのは、自社の「強み」と「境界」

日本企業の強みは、消費者に見える完成品や企業の規模だけでは測れない。ウリケ・シェーデ教授が示す「Japan Inside」の視点に立てば、素材、部品、装置、工程にある代替しにくい能力が、国際的な分業を支えていることが見えてくる。同時に、その強みも特定の顧客、研究、人材、国際的な取引関係に依存している。

経営者・経営幹部を育てる場では、「どの国のリスクが高いか」を覚えるだけでは足りない。自社の価値はどの工程で生まれるのか。そこを支える人材と知識はどこから来るのか。規制や市場の条件が変わったら、どの選択肢を残せるのか。こうした問いを自社の事業に引き寄せ、複数の見方から判断する力が必要になる。

もう一つ、私が深めたいのは「ガードレール」だ。シェーデ教授の講義で示されたこの比喩を、企業ごとの意思決定に引き寄せて考えている。ある企業は短期の損失を受け入れても顧客の信頼を損なう行動は取らない。別の企業は技術的な失敗を許しても、社員や取引先に過度な負担をかける挑戦は選ばないだろう。何を守るために、どこまでのリスクを、誰の判断で引き受けるのか。その境界を言葉にし、実際の判断と照らし合わせることは、地政学的な変化の中で新しい事業を生み出す力にもつながるはずだ。

報道で知る「2割」、立場で変わる「3割」、切り口の外にある「5割」

現地での学びを、私の実感としてあえて「2:3:5」で表したい。2割は、メディアを通じて知っていた事実と重なる。3割は、同じ事実を見ていても、米国、日本、東南アジア、研究者、企業など、立つ場所によって解釈が変わる。そして残る5割は、その報道の切り口ではそもそも扱われない問いや現場の事情だ。これは調査に基づく比率ではなく、情報との向き合い方を自分に問い直すための目安である。

輸出規制をめぐるニュースからは、その対象や各国の反応を知ることができる。しかし、許可を待つ間に顧客が離れること、研究者が技術の用途を案じること、国や企業をまたぐ人的な信頼が事業化の成否を左右することは、見出しにはなりにくい。東南アジアから見れば、米中のどちらを選ぶかという構図だけでは、自らの選択肢を広げようとする行動を捉えきれない。

だからこそ、現地に行き、人に会い、話し、経験することに意味がある。発言の背景にある問題意識を聞き、こちらの前提をぶつけ、思いがけない問いを受け取る。資料だけでは一つの筋書きに見えたことが、対話を通じて複数の可能性に開かれる。その経験は、情報を増やす以上に、自分の判断を更新する力を鍛えてくれる。

私たちが経営者育成や事業創出の支援で取り組みたいのは、この力を自社の実践につなぐことだ。事業と政策、人材、研究、市場との依存関係を可視化し、立場の異なる人と仮説を検討する。そして、どの変化が起きたら判断を見直すのかを決めておく。地政学を知識として学ぶところから、自社の未来を構想し、選び直せる経営へ。今回の経験を、そのための問いと方法に変えていきたい。

冨田 欣和|knots associates株式会社 代表取締役

 

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