
【Event Report】技術はすでに手の中にある。 TECH BEAT Shizuoka 2026 登壇レポート(前編)
イタリア自動車産業に学ぶ、製造業の新規事業の起こし方
2026年7月24日、静岡市で開催されたスタートアップイベント「TECH BEAT Shizuoka 2026」内のサイドイベントセッション「イタリア自動車産業に学ぶ、製造業の新規事業の起こし方」(主催:カーバイドベンチャーズ)に、knots associates代表の冨田が登壇しました。冨田は慶應義塾大学でシステムエンジニアリングを教えながらイノベーション創出を専門とし、自動車メーカーや部品メーカーを含む多領域での新規事業開発にも長年関わっています。同じ舞台には、ミラノ工科大学POLI.designから、事業責任者(Head of Business)のPietro Lenzerini(ピエトロ・レンゼリーニ)氏も登壇しました。
会場に集まったのは、静岡を中心とする製造業の経営層や事業開発の担当者、そして地域の金融機関の関係者。最初に置いたのは、イタリアの方法論の紹介ではなく、三つの問いでした。
自社の技術は、主要顧客以外にどんな価値を生めるか
自社が売るのは「部品」か、それとも「課題解決の力」か
5年後、既存事業以外の収益の柱を語れるか
本稿では、当日のセッションの論点を振り返ります。前編となる今回は冨田が語った考え方の整理を、後編ではPietro Lenzerini氏による、イタリアから見る実践知をお届けします。
QCDは「答える力」、新規事業には「問いをつくる力」が要る
これまで自動車産業の競争軸はQCD(品質・コスト・納期)でした。そこにシステム、ソフトウェア、データが加わり、体験や意味、環境やライフサイクルの価値が重なってきています。QCDの強みが消えるわけではない、と前置きしたうえで、話を進めます。

「QCDとは、問いに答える力です。この力を磨いてきた組織は、自動車メーカーにも部品メーカーにも数多くあります。新規事業に必要なのは、そこにもう一つ、問いをつくる力を重ねることです」
仕様、品質、コスト、納期。これらの問いは、これまでOEM(完成車メーカー)の側から渡されるものでした。渡された問いに完璧に答える力は貴重です。しかし新規事業では、誰も「これを作ってほしい」とは言ってくれません。
「受験にたとえるなら、共通テストを解くだけでなく、自分で面白い問題をつくり、それを自分で面白く解く。その両方が求められます」
答える力と、問いをつくる力。二つは鍛え方も鍛える場も違うものです。
「いままでと同じ問いを立てているかぎり、答える相手は同じ顧客のままです。knotsがご相談をいただくとき、どんな技術があるか、どんな設備があるかという話から始まることが多いのですが、私たちは、その事業をやる人がどんな能力を持っているかを見ます」
新規事業は、組織の「重力」に引き戻される
新規事業が社内で止まってしまう原因は、経営学においても幾度となく指摘されてきました。エース社員が本業から抜けられない。失敗が減点となり、企画を通した人が責任を負う。「言われたものを作る」文化が、顧客価値を自ら定義する経験を遠ざける……。これらをまとめて「組織の重力」と呼びます。

「既存のものを全部否定しなければならない、というわけではありません。何を守り、どの重力には抵抗するのかを見極めなければ、無駄なことをしてしまいます。抵抗しなくてよいところで抵抗し、力を入れるべきところで入れていないのが実態なのです」
これまで、経営トップから新入社員までさまざまな業種や立場の人と話してきた経験から、能力のない人ばかりだと感じた会社は一つもないと断言します。難しいのは、能力を発揮させる仕組みをつくるほうです。内部の力だけで自分たちの呪縛を解くのは難しく、そこを無理に頑張る必要もありません。自社で難しければ、外の力を借りればいい。では、誰に声をかけるのか。
「外部の力を入れましょうという話になったとき、同じ産業のOB・OGに声をかけてしまうことがあります。それでは新規事業としては厳しい。違う視点が欲しくて外部を入れるわけですから、どれだけ離れた視点を持つ人を招くのか。事業を始める前の、この準備段階が効いてきます」
なぜ、いまイタリアなのか
離れた視点を、どこに求めるか。冨田はこの15年ほど、日本の組織が学ぶべき相手を探して各国の大学や企業を訪ねてきました。シリコンバレーはゼロから1にするのが早く、MITはゼロベースでの技術実装が飛び抜けています。北欧のアールト大学は、言葉を尽くして意思を伝え合うローコンテクストな環境で、産学官民の連携をとる理想形です。ただ、そのまま日本に持ち込むには文脈が異なり過ぎました。シリコンバレー流のMVP(Minimum Viable Product/実用最小限の製品)を早くつくって試すやり方も、日本の製造業では時間軸が合わないと見ています。
「言わなくてもわかるという前提を共有しがちな日本のような土壌で、伝統と重い設備を抱えたまま、分野をまたぐ価値をつくる。その方法論は、どの国も持っていませんでした」

条件の近い場所を探した先にたどり着いたのがイタリアです。既存の技術を高付加価値化し、いま持っている製品に意味と体験とブランドを与える。ヒトとカネを世界中から集めるのではなく、その土地にあるヒト、モノ、カネ、情報、施設、時間を束ねる。
自動車やアパレルの高級ブランドを別にすれば、すぐに名前を挙げられるイタリア企業はそう多くないのではないか。しかし実際には、中堅規模のままブランド価値をつくり、世界でビジネスをしている会社が数多く存在します。
「すでにある製造業の資産を再編集する。これは日本に近いな、と思ったんです。ただし、視察をして真似をするだけでは意味がありません。真似ではなく、彼らの原理を借りて、同じことを自分たちで起こすことが大切です。蕎麦を食べるなら箸のほうがいいし、ステーキを食べるときはナイフとフォークがほしいですよね。自分たちの文脈に合う手法を選んで使うのです」
技術を、顧客にとっての意味へ翻訳する
イタリアにおける問題解決と意味の革新の原理を、「意味のデザイン」と提示します。それは「製品の性能ではなく、それが顧客にとって何を意味するかを設計し直す考え方」です。
例に挙げたのは、減価償却期間の6年という縛りに合わせて、6年ごとにモデルチェンジをするという慣行です。それは企業側の都合であって顧客の都合ではありません。
「プロダクトのデザインというと姿形の話になりがちですが、設計し直すのは意味のほうです。デザイン思考は顧客の課題からヒントをつかもうとしますが、課題を語ってくれるのは、すでに取引のある顧客だけです。だからこそ、自ら解釈し、問い直す。あなたの会社にとって本当に必要なのはこういうことではないですか、と意味をつくっていく力が求められます」
技術仕様を顧客の言葉へ翻訳するには、二つの段階があります。一つ目の段階は、技術仕様を顧客の「効用」に言い換える作業です。防振性能や軽量化を、不快な振動を減らす、移動や操作の負担を減らす、という言い方に変える。多くの企業がここまでは実践できています。

「効用」に翻訳する段階で止まってしまうと、話を聞いてくれる相手は既存顧客のままだと指摘します。新規顧客に届けるためには、効用を「意味」に翻訳する必要があります。それが二つ目の段階です。
「不快な振動を減らすということは、心身を整え、静かな時間をつくることでもある。そこまで持ってこられて初めて、睡眠のような他の業界にも届きます。飛躍した発想のようでいて、実は自分たちの強みをそのまま生かしているのです」
「検討します」と言える時間は、もう残っていない
自動車産業の業界地図は、EVへの転換によって大きく変化しています。すぐに動くかどうかを決める前に、確かめておくべきものがもう一つあると指摘します。それは「時間」です。
「日本企業は、自分たちが主導権を握っているという前提を信じています。『検討します』と言えば、必要なだけ時間が与えられていると思い込んでいる。もう、そういう勝負ではありません。勝つための時間軸は、こちらの都合と関係なく、2週間や1カ月という単位で外から決められている。そこで意思決定ができなければ、すぐに『予選落ち』でしょう。まだ勝てる部分が残っているうちに勝負を仕掛けなければ、何も残らないかもしれません」
様子見も、一つの選択ではあります。ただし、その間も地図は更新されていきます。技術も、資産も、能力も、すでに手の中にある。いま持っているものを使って、誰の、何を解くのか。その新しい問いを立てられた会社から、次の5年、10年の顧客が決まっていくのです。
後編では、Pietro Lenzerini氏が語ったイタリアの実践知をお届けします。




