
【Event Report】デザインは「意匠」から「戦略的インフラ」へ
イタリアに学ぶ、次世代ビジネスのコアコンピタンス
2026年4月21日、knots associatesは、ミラノ工科大学を母体とするグローバル・イノベーション・ハブ「POLI.design(ポリデザイン)」と共に、オンラインイベント 【ミラノデザインウィークを、事業成長の視点で読み解く特別セッション】The Strategic Application of Design in Modern Business and Leadership を開催しました。
日本企業の現場では、デザインは依然として「製品の見た目を整えるもの」「デザイン部門の専門業務」と見なされがちです。一方、欧州のビジネスの現場では、デザインの役割は静かに、しかし確実に変わってきています。本稿では、当日の議論のなかから、経営層や事業開発担当の方々と共有しておきたい論点を、主催者の視点で振り返ります。
1. 経営リーダーに求められる「センスメイキング」の力
冒頭に登壇いただいたのは、イタリアと日本の両方でグローバル企業のCEOを長く務められたWalter Ruffinoni氏です。
Ruffinoni氏が強調されたのは、変化が激しく不確実性の高い現在の経営環境において、デザインが「専門部門の機能」から、リーダー自身が複雑な状況を理解し、組織に共通の意味を生み出すための 「センスメイキングの力」 へと役割を変えてきている、という点でした。
日本とイタリアは、長寿社会、地方に根ざしたモノづくり、職人文化といった社会的・産業的な前提を多く共有しています。「デザインをイノベーションの基盤と捉える文化」を持つ両国だからこそ、グローバル市場での協働や学び合いに大きな可能性がある——というメッセージは、登壇後の議論でも何度も立ち戻ったテーマでした。
2. ミラノ工科大学・Cautela教授が語る「戦略的インフラ」としてのデザイン
本イベントの中核となったのが、ミラノ工科大学のCabirio Cautela教授(POLI.design 元CEO)によるマスタークラスです。
Cautela教授の論点を一言で要約するなら、「デザインはもはや単なる能力ではなく、未来志向の意思決定と新たな価値創造を支える『戦略的インフラ』である」 ということになります。
かつて広く受容された「デザイン思考」は、ワークショップでアイデアを出すことに留まり、実装に至らない、あるいは漸進的な改善で止まってしまう、といった限界が指摘されるようになりました。これからの時代に成果を出すのは、データと感性を高度に統合できる「インテグレーター」であり、その能力を組織の土台として備えている企業である、というのが教授の見立てです。
具体的な事例として、以下の三社が紹介されました。
IBM:全社的なデザインイニシアチブにより、市場投入までの時間とコストを大幅に圧縮。
Samsung:デザインを「組織の空気」として機能させ、技術主導型だった意思決定プロセスに、共感とコラボレーションの軸を組み込んだ。
Bank of America:若年層向けの「Keep the Change」プログラムをはじめ、人々の貯蓄行動や日常の習慣そのものをサービス設計の対象とした。
いずれのケースも、デザインがもはや「意匠」や「成果物」ではなく、組織の意思決定のあり方そのものに埋め込まれた 暗黙のインフラ として機能していることが共通点です。

3. ミラノデザインウィークの真価——「事業開発の総合戦」の場として
毎年4月にミラノで開催される ミラノデザインウィーク(Milano Design Week / Salone del Mobile) について、POLI.design の Pietro Lenzerini氏(Head of Business)、弊社の代表である冨田が解説を行いました。
日本企業の派遣チームは、依然としてデザイン部門・商品企画部門が中心です。一方、欧州や米国の主要企業からは、CEOやCMO、事業開発の責任者が直接訪れるケースが珍しくありません。
その背景には、ミラノデザインウィークが単なる新作家具の発表会ではなく、「ブランド・事業開発・B2B商談の総合戦」 の場として機能しているという事実があります。
各社がそこで競っているのは、たとえば次のような問いへの回答です。
製品を陳列するのではなく、ブランドの思想を空間として「体験化」できているか。
市場が顕在化する前に、自社が描く「未来の生活」を提示できているか。
インテリアの枠を超えて、テクノロジー、AI、モビリティといった事業領域への拡張を語れているか。
つまり、ミラノから持ち帰るべきは「今年のトレンド」ではなく、自社の事業仮説そのものをテストし、更新する機会 であるということです。これは、経営の視点からミラノデザインウィークを捉え直すうえで、非常に重要な転換点だと考えています。
終わりに——デザインを経営のレンズで捉え直す
欧州企業が、組織やビジネスモデルの課題を「デザイン」を通して解こうと動き始めて久しい一方、日本企業からの初期相談で、デザインが「マネジメントのレバー」として捉えられているケースは、まだ多くはありません。
しかし、ひとたびその視点を社内に持ち込み、共通言語ができれば、強いモノづくりの土台を持つ日本企業の変革は、想像以上の速度で進みうる——これは、私たち自身がクライアントとの対話のなかで繰り返し実感していることでもあります。
「デザイン・アズ・マネジメント(経営としてのデザイン)」。
まずは、この一語をご自身の組織に持ち帰っていただくところから、対話を始めてみてはいかがでしょうか。
当日のスライド資料:経営におけるデザインの戦略的実装
*本イベントはオンライン開催でした。




