ミラノのカフェ

突き詰める、はみ出る、コンテキストとコンフォートゾーン

2025/10/21

2025/10/21

食から考える、日本人の「外」への感覚

― 話を戻します。ある時まで海外へ学びに出ていくことを活発に行っていた日本人が、なぜ今外を見なくなってしまったのかというテーマ。

渡辺 私の感覚なんですが、さっきの食の話。要するに、日本の食は素晴らしいって、すごく評価されているって、そんなふうに当事者である日本の人が言ったら駄目なんじゃないかなっていう気がしているんですよね。海外の人が評価したり、そう思ってくれるのはいいんですよ。でも自分たちで「日本の食ってすごいよね」って言うのは、「日本の食って世界一だよね」という前提に当事者が立って、輸出していこうってことになっている。それは、かなり偏った感覚だと思いますね。

海外に展開するんだったら、最適な形みたいなものがあるわけです。そうしないと、いわゆる「裏巻き」みたいになっちゃう。

― カリフォルニアロール。

渡辺 ミラノでも、今寿司が流行っててね。すごいんですよ。

冨田 でも、みんな中国の方が経営していて。

渡辺 食べ放題なんですよね。

冨田 安くていっぱい食べられるから、若者が行列作ってるんですよ。

渡辺 それって、寿司が美味しいから通っているわけじゃないんです。つまりそういう扱いになっちゃうんですよ。本当に伝えたいのはそうじゃないよねっていうことですよね。

ここでいう「食」って2種類あって。日本からちゃんと世界に正しく広げるべき美味しいもの。あと、コンビニで売っているおにぎりとかサンドイッチ、たまごサンドとか。それはそれで、すごいじゃないですか。TikTokとかで海外の方がみんなたまごサンド探して食べてるシーンとかいっぱいありますよね。あのコンテクストの中でいえば素晴らしいと思うんです。

そのコンテンツが、どういうコンテクストで意味を成しているかっていうことを理解して、そのコンテキストの前提の上で海外に展開をするっていうのだったら結構良いと思うんです。

でも日本人はどちらかというと、そういう前提がないまま「日本の食文化全て」みたいになっちゃいがち。それって間違った方向に進む可能性もあるんですよ、ということですね。

「豊かさ」は現地でしか学べない

冨田 うん。だって海外は本当に食が豊かですから・

渡辺 日本ではなかなか感じられないと思います。「食が豊か」っていうのは、味はもちろんなんですが、食事をするという行為。何かを食べるとか飲むとか、そういった行為に対する豊かさがすごいです。だって街じゅうにカフェ、バール、パン屋さん、ジェラート屋さん、レストラン、リストランテ、オステリア、ピッツェリア…もう山のようにあるんですよ。ひとつの十字路に4軒とかあるんです。もっとかも。6軒くらいある。

それでも経営はやっていけるんですよね。皆さん本当に、そういう場所で飲んだり食べたりする時間をすごくたくさん過ごすんです。日本みたいに昼休み30分しかないからちょっと外に出て、混雑したところでパッと食べて、すぐオフィスに帰ってくるっていうことは、まずない。

冨田 「豊かさ」って、そういう意味でも現地に行かないとわからないと思いますね。

行かないとわからない理由っていうのはさっき今日子さんが話していましたけど、コンテクスト。日本食でも、本当に豊かな食のことなのか、もしくは人体に必要な栄養素としての食なのか。

例えばコンビニのたまごサンドがSNSでバズっているのは、後者なわけです。コンビニで1〜2ユーロくらいで購入できる食べ物。そのクオリティが、海外の地元のコンビニやキオスクでなんでも良いからその値段で食べようとするものよりも「比較して」高いということなんです。中身バラバラだったりパンがパサパサだったりする地元のサンドイッチと比べると、日本のコンビニのたまごサンドが優れているっていって称賛されているだけで、本当に豊かな食、あるいは食文化というコンテキスト、本質的に人生を彩るもので比べたときに戦えますかっていうと、疑問符がつくわけです。

越境を阻害する構造

冨田 さっきの、ポストモダンときにも同じようなこと言おうと思ったんだけど、ポストモダン建築は日本の建築家もとても学んで持ってきたけど、持ってきたのって「建築家がポストモダンの建築を持ってきた」だけであると、イタリア人のしかるべき人たちは言うんです。日本人はポストモダンの建築を建てるけれども、イタリアの当時の場合だと、建築家自体が食器も家具も作って、レストランも、街までも作ったと。背景、コンテクストがあって建築があるということを持ってきていないのではないか、と。

ポストモダン風の建築を持ってきて、建築家だけがポストモダンって言ってるとか、芸術家だけがポストモダンと言ってる場合は、全然厚みがないんだなっていうのは、さすがに私もデザインの専門家でではないですが理解できるわけです。

― まさに今、今日子先生のお話伺っていても食を捉えるコンテクストが全然違うということを気付かされます。また、冨田先生の言う「厚み」もそうですね。

一方で、日本の場合、今の建築の話でも思うのですが、そもそも「サイロ化」している構造が至る所に存在していて、そのサイロを越境して何かをしようとするとめちゃくちゃ大変、という文脈もあるのではないかと。

冨田 これ、イノベーションの文脈でも同じような研究があって。日本の強みって基礎研究、もしくは元々基礎的な研究って多いじゃないですか。ノーベル賞取るような技術者が出ているのもそういった分野ですよね。そこって、色んな意味で、それこそサイロの中のサイロみたいな領域なわけなんです。

― 確かに。

冨田 横にいる人のこと、他のことを考えずに、微細な部分を突き詰めることは、それはそれで良かったわけです。それが価値に転換している時代は、それで良かった。だけど今、部分最適とか、細部を詰める、サイロで頑張るっていうのが、価値を生まなくなっちゃってる。今はそういうコンテクストだと思うんです。

とはいえ過去が悪いわけじゃなくて。時代として、今は部品を作るのではなく、市場に一番近いところで価値を生み出している人たちの方が経済的にもパワーも持っているというこの状況の中で、アンバランスが生まれているってことだと思うんですよ。

渡辺 うん。良い悪いではないんだけど、そういう状況、構造がありますよね。

― そういった構造はいつからできてるんでしょう。日本固有の問題なのかしら。例えばミケランジェロとかダ・ヴィンチとかは、非常に広い領域をカバーしたわけですよね。

冨田 全部やってますよね。

― でも日本人って考えると、例えば平賀源内とかに真方熊楠とか、そういう人は多分いたのかもしれないですけど。いわゆるあらゆる領域を跋扈する天才のような人。そういう人は日本では多くは存在しないのか、それとも?

冨田 発端として、いわゆる文化、職人文化っていうのは大きかったと思うんですよね。

元々日本では何かを突き詰めると、「なになに道」って名前が付くものが好きじゃないですか。「突き詰める」っていう元々の気質はあったと思うんです。いわゆる求道精神ですよね。まさにサイロではある。そこからはみ出ると、ちょっと違うかな、みたいな。

ミケランジェロとか、フランシス・ベーコンとかを考えると、ベースにはリベラルアーツがあるようにも思えます。

― 確かに日本だと空海くらい昔に遡らないとはみ出せなかった。

冨田 まさにそうなんですよね。あのくらい昔の人、仏教の新しい宗派を作った坊さんたちが「はみ出た」くらいの感覚まで遡らないといけない。そこから先は型にはめてるわけですよ。

コンフォートゾーンを抜け出しているか

渡辺 今の80歳から90歳、100歳くらい人たちでインテリの人っていうのは、それこそスタンフォード、MIT、ケンブリッジとかに、当時留学しているんですよね。見えていた世界が多分だいぶ違う。そういう人が何がしかのリーダーシップを持ったり、システミックビューを持っている。システムとして広く全体を見渡す力を持っているんですよ。

だけどその後、大量生産の時代になって別にそんな考えなくて良くなって、経済成長をガーって動かしていたから自分の持ち領域のところだけを一生懸命やれば良いとなって。それは日本が成功しちゃったから。

周りの環境が変わってしまったけど、外に目を向けましょうっていうところは全然戻ってこなかった。ある意味異常な流れなのかなって私は思うんです。

― 現代でも、アメリカやイギリスに行って学んで帰国されてという方はたくさんいらっしゃると思うんですが、影響の広がりが低いということでしょうか。最近だとスタートアップの経営者とか、東大出て、スタンフォード行かれて、といった方がいらっしゃるかなと思いますが。

渡辺 絶対数としては減っていると思います。昔はフルブライト・プログラムの留学生とかがバッといった時代ですから。

― スカラーシップで。芸術家とかでも、なんでこんなところに日本人が? ってこと、ありますよね。

渡辺 そうそう。そういうのは確かに、あの時代の方は積極的に留学していた。やっぱりハングリーというか、吸収しなきゃ。外を吸収しなきゃっていう意識も働いたんじゃないかな。日本に何もなかったから。

冨田 転じて今は、例えばワーホリに行ったりしても何故か海外で日本企業の仕事を請け負っていたり、日本人だけのグループで過ごしていたりと、ちょっと意識が内向きじゃないかなという話を聞いたりします。

繰り返しだけど海外留学するのが偉いとか海外に行くのがいいとかっていうよりは、やはり自分の環境を大きく変えて、コンフォートゾーンを出ようとした人たちこそが、いろいろ面白いことやってるとか、事を動かしてるなっていうように感じることが多いと思いますね。

― コンフォートゾーンを出ることって、ただ海外に行くとかではなくて、日本の中にあっても、常に外側に向かっていくかどうか、外から中に取り入れようとするとか。

冨田 その部分が重要だと、ものすごく感じますね。


Recommend

knots associates

NEWS LETTER

システムデザインの視点から、研究と実務をつなぐ最新の知見や事例をお届けします。複雑な課題を解くためのヒントを、あなたの組織にも。

knots associates

NEWS LETTER

システムデザインの視点から、研究と実務をつなぐ最新の知見や事例をお届けします。複雑な課題を解くためのヒントを、あなたの組織にも。

knots associates

NEWS LETTER

システムデザインの視点から、研究と実務をつなぐ最新の知見や事例をお届けします。複雑な課題を解くためのヒントを、あなたの組織にも。